中山レッズの歴史
中山少年野球団の軌跡
「中山少年野球団 20年の歩み」より抜粋
−発足−
1981年(昭和56年)に、中山地区育成会の中で、子供達の社会における様子を考える時、婦人の社会進出が進む中で「カギっ子」が生まれたりする中で、子供達の健全育成の為にスポーツ等を通しての育成組織を作ろうと、当時の育成会長であった中島氏から次年度の育成会長であった小笠原氏にその旨が引き継がれ、「野球が習いたい」との子供達の要求とがあう中で、中山少年野球団発足への動きが進み始めた。翌57年には、小笠原氏が代表となり、育成副会長の吉田氏、公民館長の百瀬氏、PTA副会長の中野さんらが中心となり、野球指導者を中山ベアーズにお願いしながら、何回かの準備会を行い、1982年(昭和57年)7月に結成を向かえたのである。
−年表−
1982年 初年度は昭和45年生まれの6年生3名と5年生20数名でスタート
1983年 東山部少年野球大会に参加 当時は団員47名、指導者12名の大組織であった 保護者会も発足
1984年 赤と白を基調としたユニフォームが作成された
1988年 東栄レッズとの交流戦はじまる
1990年 紺と白のユニフォームを新調
1992年 中山少年野球団創立10周年記念式典開催
1994年 松本市少年軟式野球連盟に加盟

1996年当時 中日新聞社旗冊子より
1997年 日ハム・上田選手野球教室開催
1998年 中山レッズに改名 赤白のユニフォームを新調
1998年 ヤマジン旗新人戦初優勝
1999年 信濃毎日新聞社旗準優勝、他準優勝1回、3位1回
2000年 松本市少年野球大会準優勝、3位2回
2001年 イヌカイスポーツ旗優勝、信濃毎日新聞社旗優勝、連盟春季大会準優勝、
市民タイムス杯優勝、松本少年軟式大会優勝、ライオンズクラブ旗3位、
アルプス中信大会優勝、鉢伏旗優勝、連盟秋季大会3位、中日新聞社旗準優勝

2001年当時 連盟冊子より
2002年 中山少年野球団創立20周年記念式典開催 「中山少年野球団 20年の歩み」発行
2002年 ライオンズクラブ旗3位
2004年 ヤマトヤ旗3位
2005年 ヤマトヤ旗優勝、信濃毎日新聞社旗3位、ライオンズクラブ旗準優勝、連盟秋季大会3位
2006年 ヤマトヤ旗準優勝
2008年 ヤマトヤ旗優勝
−歴代監督と団員数の推移−
1982 百瀬監督 団員23名
1983 百瀬監督 団員47名
1984 百瀬監督 団員−名
1985 百瀬監督 団員−名
1986 西沢監督 団員−名
1987 西沢監督 団員37名
1988 西沢監督 団員38名
1989 西沢監督 団員52名
1990 萩原監督 団員37名
1991 西沢監督 団員32名
1992 西沢監督 団員25名
1993 西沢監督 団員25名
1994 西沢監督 団員25名
1995 相原監督 団員27名
1996 相原監督 団員25名
1997 相原監督 団員20名
1998 相原監督 団員16名
1999 相原監督 団員19名
2000 見村監督 団員16名
2001 見村監督 団員17名
2002 赤羽監督 団員14名
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2003 赤羽監督 団員17名 入団 5名 平成15年度卒団生 6名
2004 赤羽監督 団員16名 入団 4名 平成16年度卒団生 2名
2005 赤羽監督 団員18名 入団 8名 平成17年度卒団生12名
2006 鈴木監督 団員14名 入団 4名 退団 1名 平成18年度卒団生 6名
2007 鈴木監督 団員11名 入団 7名 退団 1名 平成19年度卒団生 2名
2008 鈴木監督 団員15名 入団 4名
※2003年以降の団員数は1月時点とする